富山地方裁判所 平成6年(行ウ)3号 判決
原告
小倉利丸(X1)
(ほか一三名)
右一四名訴訟代理人弁護士
中北龍太郎
被告
富山県教育委員会委員長 屋敷平州(Y1)
同
富山県教育委員会教育長 八木近直(Y2)
右両名訴訟代理人弁護士
細川俊彦
事実及び理由
第四 本案前の争点に対する判断
一 被告屋敷に対する訴えについて
1 地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟における被告適格を有する者(当該職員)は、当該訴訟において適法性が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するに至ったとされている者及びその者からの権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を意味し、その反面、およそ右のような権限を有する地位ないし職にあるとは認められない者は、これに該当せず、そのような者を被告とする訴えは不適法である。
2 これを本件につき検討する。
富山県において、本件版画及び本件図録などの教育財産を処分する権限を有する者は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二四条三号、地方自治法一八〇条の二、富山県事務決裁規程、富山県文書管理規程及び富山県教育委員会教育長通知「知事の権限に関する事務の補助執行について」第一(2)により、富山県知事の補助執行者にあたる富山県教育長である(弁論の全趣旨)。したがって、本件訴訟の被告適格を有する者は、教育長である。よって、本件処分当時、教育委員会であった被告屋敷は、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう当該職員に該当せず、本件訴訟の被告適格を有しないことから、被告屋敷を被告とする訴えは不適法であり、却下を免れない。
なお、原告らは、教育委員長は教育長を指揮監督すべき立場にあることを根拠に、教育委員長が、本件処分につき当該職員に該当すると主張する。しかし、住民訴訟は、財務会計上の行為の適法性を問題とするものであり、その被告適格も財務会計上の観点から決すべきでふることは前記判示のとおりである。したがって、たとえ、教育委員長が教育長を指揮監督すべき立場にあるとしても、教育委員長には前記判示のとおり本件処分につき権限を有しないから、当該職員には該当せず、原告らの主張は採用できない。
二 被告八木に対する訴えについて
1 補正を促す義務の有無について
地方自治法には、住民監査請求に関し補正手続を定めた条項は存在しない。
ところで、行政手続法七条は、行政庁に、形式的要件に適合しない申請に対して補正を求めることを義務づけており、行政不服審査法二一条は、審査庁に、審査請求が不適法であって補正が可能な場合には、相当の期間を定めて補正を命じることを義務づけており、更に、国税通則法九一条は、国税不服審判所長に、補正可能な審査請求について相当の期間を定めて補正を求めることを義務づけている。このように、他の法律では申請、請求等の手続において、その申請、請求等が不適法である場合に、行政庁に補正を命ずべき義務ないしこれを求めるべき義務を規定しているものがあるのに対し、地方自治法はこのような義務を何ら規定しておらず、これを前提とする規定も存在しないことからすると、地方自治法は、住民監査請求を受けた普通地方公共団体の監査委員に対して、当該住民監査請求が不適法な場合に補正を命じたり促したりする義務を課していないと解するのが相当である。
もっとも、住民監査請求を行うについて期間制限があり、同一の事項について再度の住民監査請求はできないと解されていることなどに鑑みれば、一旦提起された住民監査請求は、できるだけこれを適法なものとして処理しうるように取り計らうのが望ましいと解されるから、監査委員は、当該住民監査請求が不適法であり、補正が可能と認めた場合には、その裁量により、当該住民監査請求の請求人に対し補正を促す権限を有していると解するのが相当である。しかしながら、前記判示のとおり、監査委員は、不適法な住民監査請求について補正を促す義務を負うものではないから、監査委員が右権限を行使せずに不適法な住民監査請求を却下したからといって、これが不適法となることはないというべきである。
2 補正期間について
(一) 住民監査請求を受けた監査委員は、請求のあった日から六〇日以内に監査及び勧告を行わなければならない義務を負っている(地方自治法二四二条四項)。したがって、監査委員は、この期間内に、住民監査請求で主張されている違法又は不当な財務会計上の行為又は怠る事実について調査及び判断をし、結果を請求人に通知しなければならないことになるから、調査、判断の対象となる行為又は事実やその対象者が不明確である等、住民監査請求の請求人に補正を求める必要がある場合には、右調査、判断及び通知に必要な時間を勘案して相当な期間を定めて補正を促すことができると解するのが相当である。
原告らは、監査結果の通知があるまで補正は可能であると主張するが、この見解は、監査委員の調査、判断及び通知に必要な時間を考慮しておらず、採用することはできない。
(二) なお、監査委員に補正を促す義務がないことは前記判示のとおりであり、したがって、監査委員が補正期間を定めなかった場合については、住民監査請求の請求人は、監査委員が当該監査請求について内部的に監査手続を終了し、報告書、勧告書等結果文を作成するまでに補正を行うことが必要であると解するのが相当である。
3 補正の方法について
住民監査請求を行うには、地方自治法施行令一七二条により、書面に請求の要旨を記載することが要請されている。これは、請求の要旨が、住民監査請求の対象事項を特定する性質をもつことから、手続の明確性の観点から書面を要求したものと解される。補正手続については、この点何ら規定はないが、右施行令の趣旨に鑑みると、補正により住民監査請求の対象事項や対象の当該職員を特定することとなる場合には、監査委員は、前記補正を求める権限に基づき、その合理適裁量により、補正手続を書面で行うことを請求人に対し求めることができると解するのが相当である。
そして、本件においては、問題となっている補正事項は、監査請求対象の職員の特定にかかるものであり、監査委員は、その裁量権に基づき、原告ら本件請求人に対し、書面による補正を求めたものであるから、本件における補正方法は、書面に限られるというべきである。
4 通知の方法(代表者あるいは代理人)について
住民監査請求は、事務監査請求とは異なり、当該普通地方公共団体の住民が単独で行えるものであり、監査委員はこの請求に対し応答の義務を負うものであり、住民監査請求をした請求人は、右応答を受ける権利があるということができる。したがって、複数の住民により住民監査請求が提起された場合には、監査委員は、請求したすべての請求人に対し、応答すべき義務があり、また前記補正権限に基づき補正を求める場合にも、すべての請求人に対して補正を求めるのが原則である。
ところで、地方自治法は、住民監査請求については、複数の請求人がこれを提起する場合の代表者または代理人の規定について何ら定めておらず、実際の住民監査請求においては、多くの場合に複数の請求人が存在することに鑑みれば、住民監査請求においても、私法一般にいう代表者または代理人の制度を採用することは、法の禁止するところでないと解される。
しかしながら、代表者や代理人の行為の効果が、各請求人に帰属すること及び各請求人は、前記判示のとおり監査委員から応答を受ける権利を有していることに鑑みれば、住民監査請求において請求人の適法な代表者または代理人となるには、代表者または代理人となろうとする者と請求人との関係においては、請求人の個別的な委任が必要と解するのが相当である。また、監査委員は、請求人すべてに対して、監査結果を通知する義務を負っているから、ある住民監査請求において代表者または代理人を定めようとする場合には、代表者または代理人により住民監査請求を行おうとするすべての請求人に右委任の有無を確認する義務があるというべきである。
したがって、監査委員と代表者又は代理人と称する請求人との間でのみ、代表者または代理人の定めをしても、これは、他の請求人に対して、何ら効力を持たないと解する他はない。
5 以上を前提に、本件につき、原告らの被告八木について適法な住民監査請求の経由の有無を判断する。
(一) 本件監査請求の対象について
原告ら本件請求人は、本件監査請求の書面において、明確に当該職員として教育委員長である被告屋敷を掲げ、同人に対し、本件処分により富山県に生じた損害の賠償をなすことを求めている。一方、教育長である被告八木をも当該職員の一人とする趣旨を窺わせる記載は何ら認められない。したがって、本件処分の財務会計上の処分権限が教育長にあるとしても、本件監査請求の対象者に教育長である被告八木が含まれていると評価することはできない。
(二) 原告小倉について
監査委員は、原告小倉に対して、平成六年四月一九日、補正期間を同月二五日と定め、書面により対象者を教育委員長から教育長に替えることを内容とする補正通知書を発送し、その後右期限を数日間延長した。しかし、原告小倉は、右期間内に補正を行っておらず、原告小倉が口頭で補正を行ったのは、同年五月一七日であり、書面により補正を行ったのは同月二〇日である。
したがって、原告小倉は、定められた期間内に適式な方法で補正していないものといわざるを得ない。
(三) その他の原告らについて
(1) 原告小倉は、その他の原告から委任状などを受領しておらず、その他適法な代表権限または代理権限を示す事情は認められないから、その他の原告らの適法な代表者または代理人ではない。
被告らは、原告小倉が本件請求人の代表者に就任することを承諾したことを根拠に、あるいは本件監査請求を行うに先立ち請求人を募集し、原告小倉の作成した監査請求書を利用してその他の本件請求人が本件監査請求を申し立てたことを根拠に、原告小倉は本件請求人の代表者あるいは代理人であると主張する。しかしながら、原告小倉とその他の本件請求人の間で、原告小倉を本件監査請求の代表者あるいは代理人に選任する手続がなされたことを示す証拠はなく〔証拠略〕)、原告小倉を、本件請求人の代表者あるいは代理人と認めることはできないというべきである。また、被告らは、原告小倉は、本件請求人の事務連絡者であると主張し、原告小倉本人もこれを肯定する旨供述する。しかしながら、原告小倉は、事務連絡者に就任するについても他の本件請求人の承認を得ているわけではなく事務連絡者であることをもって、その効果を代表者または代理人と同一に解することはできないことは当然のことである。
よって監査委員が原告小倉に対して補正を求めた行為は、その他の本件請求人に対しては何ら効力を有しないことになり、原告小倉以外の原告らにとっては、本件監査請求について補正期間は定められていなかったことになる。
しかしながら、前記判示のとおり監査委員に補正を行う義務が認められない以上、監査委員が原告小倉以外の原告らに対し補正を促さなかったことは、違法と解することはできないというべきでてある。
(2) ところで、右原告らの一部は、本件監査請求の対象者に被告屋敷に加え被告八木を追加する旨の補正書を監査委員に提出し、この補正書は平成六年五月一九日から同月二六日の間に、監査委員事務局に到達したことは前記事案の概要記載のとおりであるが、これに先立つ同月一八日までに、監査委員は、本件監査請求につき不適法であり却下する旨を決定し、同日却下決定を原告小倉に対し発送しているのであるから、原告らの補正は、本件監査請求の監査手続が内部的に終了した後に提出されたものであり、補正の効力を有しないものといわざるを得ない。
(四) そうすると、原告らは、いずれも、監査請求の対象者として被告屋敷のみを掲げて本件監査請求を行ったとになるので、本件監査請求は不適法であり、監査委員がこれを却下したことは相当である。
(五) よって、原告らは、被告八木に対しては適法な住民監査請求を経ていないことになるから、被告八木に対する本件訴えは不適法であるといわざるを得ない。
三 被告の追加について
住民監査請求の際に対象者として掲げなかった者をその後の住民訴訟において被告とするためには、前提なる住民監査請求が適法に行われていたことが必要である。本件においては、前提となる住民監査請求が適法に行われていなかったのは右に判示したとおりであるので、住民監査請求と住民訴訟の同一性を論じるまでもなく、原告らの主張は理由がない。
四 結論
以上の次第で、原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるので却下する。
(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 堀内満 鳥居俊一)